重岡大毅くんの10000字感想
ごめんね青春がついに終わって、平ちゃん先生が無事に青春を卒業したところで。
わたしも、醜い嫉妬からズルズルと引きずってしまっていた過去を卒業し、重岡くんにごめんねする気持ちで、この記事を書きます。
この文章は、「10000字感想」というよりむしろ「ごめんね重岡くん」という、神山担から重岡くんへの謝罪文です。あらかじめご了承ください。
ついにやってきた、我らがセンター重岡大毅の裸の時代。
いつも笑顔でアイドルを演じる彼は、今まで一度も「陰」の部分を見せてくれませんでした。
そんな彼のインタビューには、そのキラキラスマイルからは想像できないような苦悩が記されていました。
遡ること、2009年。
私が神山担になったとき、重岡くんは神山くんのシンメでしたが、すでに神山くんより1歩前に出ていました。東京にちらほら呼ばれたりとか、優馬の次に重岡くんが推されてるような状態で。
当時、重岡くんのことなんて全く知りもしないのに、無性に腹を立てていました。「なんでこんなひょろひょろでニコニコしてるだけのやつが前に出れんねん、技術は神山くんのほうが全部上やのに」って。
私は決まって、時に黒い部分を見せたり悔しがったりしながら、それでも情熱的に「戦い続けるんだ!」というような人に惹かれるのですが。重岡くんはすべてが反対に見えて。
気づけば私は、重岡くんのことを嫌いだと思うようになりました。
単なる嫉妬でした。いろんな仕事する重岡くんが、うらやましくて。この時から、きっと嫌いなんかではなかった。でなければ、今こんなにも彼を愛おしく思うはずがありません。
そんな嫉妬をズルズルと引きずり、思い返せば去年の年末まで、彼が嫌いだとぼやいていました。「なんであいつがソロコンなんかすんねん、埋まらんのちゃう?」と。もちろんそんなわけなかったんですけどね。
あの時期、それぞれが多方面で仕事を伸ばし始めた関西ジャニーズJr.からデビューの匂いがぷんぷんしていて、でもなんだか神山くんは取り残されてるような気がしていて。
すごく怖かったんです。神山くんが相方だと言って愛する彼が、神山くんをいつか見捨ててしまうんじゃないかって。
そしてカウントダウンで本当に見捨てられた気分になり、何の彩りもない1月を過ごし、2月5日、Twitter上でいろいろと聞いて…
やはり神山くんが後から入れられたということに関してはこれからも一生納得しませんが、二人でたくさん台詞の言い回しとか考えて、
「お前はグループに絶対必要な人間や」
「これは、俺ら二人で叶える夢や」
という台詞を、彼らの意思で組み込んだのであれば、それはもう認めるしかないな、と、無理やり5年間の嫉妬を終わらせました。
そこからというものの、重岡くんの雑誌の記事とかを読んだりしてたら、急に愛おしく感じるようになってしまって。
今では「海老沢くんほんまかわいい~~~」と叫ぶほどの溺愛ぶりです(笑)
でも、溺愛すればするほど、嫌いだった過去を悔やむ自分がいて。
なんでもっと向き合わなかったんだろうって。
だからこの10000字感想を機に、すべてに終止符を打てればいいなと思っています。
…あいかわらず前振りが長くてすみません(;_;)
本題に入ります。
印象に残った4か所について生意気に語らせていただきます。
「(4から7になった経緯は)自分の中では忘れたいことなんで。」
序盤のこの言葉で、ぐっと心をつかまれました。
この人、こっち側の人やったんやって。
正直、重岡くんて、求められたことを求められたとおりにやる仕事マシーンな印象があって。これ嫌あれ嫌っていう表情を見たことがなかったから。
あ、実は嫌やったんや。なにわ侍のあの感じも、ほんまはちょっと嫌やったんかもな。
そうわかった瞬間にすごくほっとして、今まで向き合ってこなかった私からすると、初めて彼の人間らしさを感じた気がしました。
「周囲のいろんなグループを見渡したとき、かっこいい感じの路線のグループはあっても、アイドルの王道的なグループってなかったんです。だから”’7WESTは、そこを進もう”ってメンバーと決めて。でも、セットリストをみんなで決めたら、カッコつける曲も入ったりして。だから”戦うのは、そこじゃない”って。」
この話を読んで、なんだかいろんなことの答え合わせができた気がしました。
7WESTメンバーが口をそろえて「しげは頑固だ」という理由。
流星がよくコンサートの打ち合わせで重岡くんとケンカした理由。
そして、7WESTが、あんなにも人気のあるグループになった理由も。
あらためて、感謝しないといけないと思いました。重岡くんがそこにこだわり続けなかったら、もしかしたら7WESTにあそこまで人気はつかなかったかもしれない。あのまま重岡くんだけの人気が上がり続けて、1人で東京に巣立って行ってしまったかもしれない。
重岡くんがずっとアイドルでいたのは、自分が売れたいからじゃなく、みんなで売れたいからだったんだ。
それに、まだ10代の駆け出しくんが、「ちゃんとブレずに同じ道で戦うべきだ」と判断できたこと自体がすごい。だって、かっこつけたいじゃないですか。流星が、かっこいい曲やりたがってたのも、当然のことだと思うんです。なのに、人気になるためのプランが彼の中にはもう見えてた。売れるために何をすればいいかが分かっていた。それはもしかしたら、ダンスも歌も平均的な彼の、最大の武器なのかもしれないなと感じました。
「下からは、KinKan、なにわ皇子の足音が聞こえるっていうか、勢いつけてきてて。なんか焦りが、めっちゃありました。早くデビューしなきゃって」
これを重岡くんの口から聞けたのが意外でした。
東を抑えて恋人にしたいランキング1位、どう考えてもあの時代Jr.で一番人気だった重岡くんから焦りを感じたことなんか1秒もなかった。
いつも高いところから”後輩もみんなで仲良く♪”と見下ろしてるだと思ってた。(歪んでますよね本当、ごめんなさい)
「国民的グループになりたいんです。それは半端な想いじゃないんで。そのためには、絶対に3人が必要なんです。だから情やないんですよ、全然。3人が絶対必要やって思ったのは。」
「波風立てず、折れたほうがラクだったかもしれないですけど、それじゃあとから引きずっちゃうんで」
私はずっと、重岡くんが7にこだわったのは、3人が好きだったからだと思っていました。
同じグループで頑張ってきたりゅかみと、甘えられる癒しの先輩濱田くんに、”自分の近くにいてほしい”と思っているからだと。
それは正反対だった。さっきも書きましたが、彼にはプランがあったのです。
成功するため、国民的グループを目指すために、3人が必要だった。彼にとっては、仲間との絆よりも、「グループとして売れる」ことが絶対条件だった。
彼らがよく口にする「てっぺんをとる」という言葉。
それを一番明確に夢見てるのは重岡くんだったんですね。
読みきって最後の笑顔のページを見た時、心の底から
「この人がいてくれてよかった」
そう思いました。
だから最初に言った通り、ごめんねしたいんです。
流されてばっかりの自分を見事に変えて見せた。
人生も、青春も、すべてを捧げて「アイドル重岡大毅」を演じてきた。
私が、「なんもできひんくせにセンター立って、なんも考えてないくせに推されて、調子のってへらへらしやがって…」と5年間誤解し続けた人は
悔しさやもどかしさを感じながら、強い信念を持って戦い続ける男だった。
私が一番、惹かれるタイプの人だった。
まぶしすぎてずっと目をそらしてきたその顔は、しっかり目を向けてみると案外まぶしくなくて、ずっと光が当たっているだけだった。
彼自身がまぶしいというよりむしろ、一番光が当たる位置に彼が立ち続けていただけだった。
そしてその光が当たる位置に立ち続けていたのは、自分が輝くためじゃなくみんなで成功するためだった。
私はなにもかもを誤解していたんです。
本当に、ごめんね重岡くん。
「大嫌い」なんて言って、ずっとボロクソに批判してきて、ごめんね。
重岡くん、そしてもし読んでくださってる重岡担の方々がいたら、
こんな奴が、これから全力で重岡くんを応援すること、「大好きだ」と思うことを、どうかお許しください。